あの報道があってから一週間後。違う報道が流れて、それはだんだんと白熱していた。佳乃さんに子どもがいると報道されたのだ。誰の子なのかとネットでもテレビでも流れていて、学校でも噂話でいっぱいだった。昼休みに弁当を食べていると聞こえてくる。「佳乃の子どもって赤坂の隠し子って噂だよねぇー」「まーじー? ショックなんだけど」赤坂さんに隠し子なんているはずがない。何度も家に遊びに行ったけど……そんな気配なかったし。でも、私の知らない赤坂さんがいるかもしれない。複雑な気持ちのままご飯を食べていた。私が落ち込んでいるのを朋代は気がついていて、気を使わせているのも申し訳ない。赤坂さんの恋愛事情なのだから、私が気にすることじゃないのはわかっている。元気をなくしている場合じゃないのだ。微笑んで大丈夫と伝えた。それから、さらに二週間が過ぎていた。赤坂さんにはメールも電話もしないまま、私は日常を過ごしている。赤坂さんから連絡もない。私に関係のないことなのだからわざわざ連絡は来ないかと思うけど、どこかで待っている自分がいた。来るはずないのに……私って本当にバカ。
そんな中、新たな報道が出て世間を騒がせていた。私がその報道を知ったのは、学校帰りに立ち寄ったコンビニにある週刊誌を見たからだ。『赤坂。佳乃が既婚者と知って不倫を持ちかけた熱い夜』その雑誌を握る手は震えていた。さすがに、赤坂さんはそんなことをする人じゃない。適当な嘘を平気で書くマスコミに怒りがこみ上げてきた。きっと、今一番傷ついているのは、赤坂さんに違いない。『仕事がキャンセルされ開店休業状態。COLORも解散危機!』赤坂さんを悪者に仕立てるなんて最低だ。雑誌を戻して外に出る。夕方なのに蒸し暑くて初夏を思わせる季節の中、私は赤坂さんのマンションへ走って向かった。途中で心臓が苦しくなって額に汗を浮かべつつ立ち止まる。その後は体調に気をつけてゆっくり歩いた。赤坂さんのマンションへ辿り着くと、ものすごい数の報道陣が待ち受けていた。恐ろしくなって踵を返す。私が赤坂さんと友人関係なのは誰も知らない事実だから、追いかけられることはないけど怖くなった。少し歩いて離れた場所についた時、私は赤坂さんのことが心配になって電話をした。電柱に寄りかかって呼吸を整える。五コール鳴ったところで電話に出てくれた。「赤坂さん……大丈夫? マンションすごいいっぱいマスコミが」『久実、来てくれたの?』久しぶりに赤坂さんの声を聞いた。元気そうに振舞っている。無理をしているのだろう。「……心配になって」『大丈夫。ホテルに泊ってる。缶詰状態。……ってか、久しぶりだな』「……うん」『受験勉強、頑張ってるか?』いつも通りに話してくれる。赤坂さんにとって私は赤坂さんが勇気づけるだけの対象なのだろうか?私は赤坂さんを元気づけることはできないのかな……。空を見上げると太陽は沈み薄暗くなっていた。本当はこんな道端で電話している場合じゃないけど、赤坂さんのことが心配だった。「ホテル……どこなの?」『は?』「明日、休みだから会いに行く」『…………マジで?』「受験生だって息抜きしたいの」『………△△ホテル。ロビーに着いたら電話くれ。何時頃になる?』「お昼くらい」『了解。つーか、俺の居場所、誰にもバラすんじゃねぇーぞ』「当たり前でしょ! じゃあね」電話を切ると私は深い溜息をついた。
次の日の朝。台所でお弁当を作っていた。「あら、どーしたの?」お母さんが不思議そうな顔をして尋ねてきた。「友達と公園ランチするの」はじめて嘘をついた。「あ、味見して?」煮物の人参を菜箸で取ってお母さんに渡す。あっついと言いながら食べた。「美味しいじゃない」「よかった」自分の分は薄めに作り、赤坂さんのは少し味をつけた。ホテルのご飯だけだと飽きてしまうだろうと思って。ありがた迷惑かもしれないけれど……好きだと思う人の喜ぶ顔が観たかった。「外、暑いから気をつけるのよ」「うん。日陰で食べる。あまり長く外にいないようにするから」「最近は、苦しくなることない?」走ったせいで苦しくなったことは言わないでおこう。余計な心配をかけたくないから。「大丈夫。ありがとう」惣菜を弁当箱に詰めつつ、お母さんに返事をした。いつも作ってくれるお母さんの苦労が少しわかった気がする。「よし、できた」バッグに入れて外出準備をして玄関に向かう。お母さんが近づいてきて「気をつけなさいね」と言ってくれた。サンダルを履いて立ち上がった私はお母さんを見つめた。「いつもお弁当作ってくれてありがとう。行ってきます」
教えてくれたホテルに向かう途中。どうやったら赤坂さんを励ませるのかと考えていた。気張る必要はない。いつも通り接しようと思っていた。たとえ……赤坂さんがCOLORを辞めさせられたとしても、私はいつまでも彼のファンで居続ける。そんな決意だった。電車を乗り継いで到着したホテルは豪華な外観の一流ホテルのようだった。ホテルのロビーに入るのも躊躇してしまい、外で電話をかけた。教えられた部屋番号になんとか辿り着いた私は、Tシャツにショートパンツと言うラフな格好をしたことに後悔をしていた。だって立派すぎるんだもん。このホテル……。チャイムを押すと扉が開いた。中から出てきた赤坂さんは、にこっと笑って招き入れてくれた。顔を見るだけで込み上げてくるものがあったけど、我慢して笑顔を作った。「お邪魔しますー」ベッドとテーブルと椅子しかないシングルルームだった。荷物が散らかっている。「椅子に座って」言われた通り私は椅子に座らせてもらった。赤坂さんはベッドに腰をかけて私を見つめる。「ボブにしたんだ」「……あ、うん」赤坂さんに恋人ができたと知ってショックを受けて切ったなんて言えない。「似合う。すごく可愛い。大人っぽくなったし」「ありがとう」お世辞だとわかっていても恥ずかしくて、顔に熱が集中する。顔を仰ぎたい衝動に駆られた。「俺の報道、知って驚いただろ?」自嘲気味に言ってクスッとうつむいて力なく笑っている姿を見ると胸の奥がズキンと痛んだ。「もう……久実に呆れられて連絡も来ないかと思った。お前って生粋のファンなんだな」「……だって、赤坂さんが結婚している人に手を出すなんてありえないって思ったもん。きっと、真剣に佳乃さんのことを好きになったんだよね。何か事情があって結婚している人を好きになったんだと思う」赤坂さんは立ち上がって窓のほうに行く。そしてビルで囲まれた景色を見ていた。「結婚しているって知らなかったんだ。だから……本気で愛してた」好きな人の恋愛話を冷静な顔で聞くのは心臓に悪い。切なくてとても苦しい。
「俺と佳乃の密会を撮られて……佳乃の周りにもいろいろ取材が入り、結婚していて子どもいることがバレたんだ。佳乃は十七歳で子どもを産んでいたんだって。その事実を事務所が隠していたらしい」こちらに向いて窓に背をつけたまま腕を組んでいる赤坂さん。「佳乃は謝っていた。気がつけば恋に落ちていましただってさ。笑えるだろ? 子どもの母親失格だよな」笑いながら投げ捨てるように言っているけど、心には深い傷を負ったに違いない。「まぁ……子供がいても誰かのことを好きになることは否定しないけどさ。でも俺は自分に守る存在がいるなら、たとえ恋をしてもその心は押し殺して大事なものを守る」「そういうと思った」「しまいには俺のせいになってる。佳乃の事務所は力があるからな」「……COLORは解散しないよね?」「わからない。するつもりはないけど」「赤坂さんのファンがいなくなっても、私一人になっても応援し続けるから。負けないで」どうしてなのかわからないけど涙ぐんでしまう。赤坂さんは近づいてきて頭を撫でてくれた。「ありがとな。久実」優しい笑顔を向けられると、胸にある恋心がどんどん膨れ上がっていく。いつか破裂してしまわないか非常に心配だ。気持ちを落ち着かせようと話題を変える。「あのね、ホテルのご飯だと飽きちゃうと思ってお弁当を作ってきたの。あまり自信ないけど食べてみて」「マジで? ……気遣いが嬉しい」紙袋からお弁当箱を取り出してテーブルに置く。そして蓋を開いて見せると赤坂さんは「すげぇウマそう」と言って笑ってくれた。テーブルをベッドに寄せて赤坂さんはベッドに腰をかけた状態で食べることにし、箸を渡す。「いただきます」どんどん食べ物が口の中へ消えていく。彼女になれなくてもいいから、こうしてたまに二人きりで過ごせる時間があればいい。赤坂さんが赤坂さんらしく、元気に暮らしてくれたら私も幸せだ。「マジでうまいわ」「よかったら私の分もどうぞ。私のやつは味が薄めになってるけど」「サンキュー」彼は綺麗に食べ終えた。「ごちそうさま」「いえいえ」「たっぷりお礼しないとな」「いいよ、そんなの。たまには甘えてください」赤坂さんは力なく笑った。苦しみを少しでも減らしてあげたいよ……。
赤坂side久実が作ってくれた弁当に舌鼓を打ち、満腹になった。外に出てふらふらするわけにも行かずベッドで枕を腰に当てて並んで座り、映画を見ていた。肩に重みを感じて隣を見ると、眠っている久実。安心しきった顔だ。そんな無防備な姿を見て俺は自然と笑顔があふれてくる。スキャンダルがあり、仕事をキャンセルさせられて、しまいにはホテル暮らし。愛していた女は子どもと夫もいて、精神的にかなりダメージを受けていた。そんな毎日だったから、笑うことも忘れていたのだ。久実に連絡をしていなかったのは、あえてそうしていた。俺を大好きだとずっと言ってくれていたファンの声を聞くのが怖かった。しかし、久実は俺を励ましてくれた。「こいつはファン以上の存在だな……」少なからず応援してくれている人がいることを忘れていた。俺は一人じゃない。堂々とメディアに俺の気持ちを伝えるべきなのではないだろうか。逃げていてはイケない。そんな気持ちにさせてくれたのは久実だ――。隣に眠る久実をそっと横にした。疲れていたのかもしれない。俺はベッドから降りて久実を眺める。……ずいぶんと露出が激しい。Tシャツにショートパンツ。胸の膨らみがはっきりとわかって、薄っすらとブラジャーの形が浮き上がっている。そして、ショートパンツから伸びている太腿。スラーっと綺麗な足をしていて爪にはピンクのマニュキアが塗られている。視線をもう一度上に動かしていくと、胸が呼吸のたびに動いていて首筋にじんわり汗をかいているのが妙に色っぽく見えた。「……大人になったんだな……。いい女じゃん」あんなに小さかったツインテールの女の子が、女子高生になったなんて時の流れを感じる。少し空いた唇を見てドキッとした。女だからって誰でもいいわけじゃないのに、こんな気持ちになるなんて。俺のために尽くしてくれる女――。いつも笑顔で俺を支えてくれる。おまけに純粋で可愛い……。
自分の中にある小さな粒がどんどん膨れ上がっていくのを感じ、恐怖心が芽生えてきた。――あれ、俺が好きだったのは佳乃なのに。どうして、久実を見ると胸がこんなにも熱くなるのだろうか。まじで、勘弁してくれって俺。きっと、感情のコントロールができなくなっているだけだ。冷静になれ。相手はまだ十代なんだから駄目だ。目をふっと覚ました久実はここがどこなのかわからないようで、目をキョロキョロさせている。顔を覗き込み「よく眠ってたな」と言うと、にこっと笑った。「……なんだ、夢かぁ」「は?」「赤坂さん」寝ぼけている久実は両手を伸ばして俺を引き寄せる。抱きしめる形になった。柔らかい胸が押し潰れるほど強く抱き合う。「大好き」「………………」心臓が止まりそうになるほど驚いて、言葉を失ってしまった。俺の鼻に通り抜ける久実のシャンプーの香りがさらに心臓の鼓動を加速させる。このまま理性を失いそうになった。「……おい。久実、離せ」「……ん?」ぼんやりとした顔で俺を見た。次の瞬間「変態っ」と叫びだした。その声に俺はびっくりして離れた。久実はベッドの上で顔を真っ赤にして端に行った。絶対勘違いしてる……。「おいおい、抱きついてきたのは久実なんだけど。マジで勘弁してくれって」「え? わ、私……?」恥ずかしそうにしている姿を見ると、まだまだ子どもなのだと実感する。「あぁ」「寝ぼけていたのかも。変なこと言ってなかった?」「言ってたかもしれないけど。よくわかんなかった」もしも、この想いが本物だとしても久実が二十歳まで待とうと思った。「ごめんなさい」「別にいいけど。あまり無防備なことしてると襲われるぞ。身体は大人なんだから」「はい……」*数日後。記者会見を開いてもらい、俺は堂々と答えた。卑怯な質問をしてくる奴らにも、俺は怯まないでしっかりと受け答えをする。俺は悪いことを何一つしていないのだ。テレビの向こうで応援してくれている人がいる。そして――久実も、俺を応援してくれているのだ。COLORメンバーも事務所大澤社長も、所属タレントも、いる。俺は一人じゃない。たくさんの勇気をくれた久実に、感謝しながら記者会見を終えた。
4 ―恩人―久実二十歳 赤坂二十六歳 久実side短大生になり、あっという間に時が流れてもう十一月。秋風が冷たくて、心が折れそうになる。人恋しい季節なのかな。こんな私にも彼氏ができて今日はデートの待ち合わせをしている。と言っても付き合ってまだ一週間。一ヶ月前から好きだと言われ続けて、悩んで悩んで付き合うことにした。付き合うことを決めた理由は、いつまでも赤坂さんに片想いしているわけにいかないから。違う大学に行った朋代からも付き合う経験をしたほうがいいと言われて決意した。駅で待っているとデジタル広告が目に入り、赤坂さんが映っていた。カメラのコマーシャルに出ている。赤坂さんには彼ができたことを伝えていない。本当は、赤坂さんのことが好きだ。男として、赤坂さんのことを……心から愛している。間違えても伝えてはイケない思いだけれど。彼には病気のことをまだ伝えていない。今日は彼との初デートだし、しっかり伝えようと思っている。いつまでも隠しておけない。カミングアウトするなら、早いほうがいいだろう。怖いけれどしっかり言えば理解してくれるよね……。同じ短大の彼。爽やかなイケメンで話し方も優しくて、いい人だと思う。きっと、私はこれから幸せになっていける。「お待たせ。じゃあ、行こうか」目の前に現れた彼は、さっと手を繋いだ。はじめての経験に心臓が激しく動いている。顔が熱くて耳がひりひりする。たくさん人が歩いているのに、手を繋ぐなんて恥ずかしい。頭一つ分大きな彼。この人が自分の恋人なのかと思うとなんだか、すごい違和感だ。グレーのコートに黒いマフラー。どこだかわからないけどブランド品のようだ。センスのいい彼で安心する。近づくといい香りがしてすごく清潔感にあふれている気がした。「俺の彼女になってくれてありがとう。はじめて見た時から可愛い子だなって思ってたんだ」少し歩きながらそんなことを言われた。微笑まれると、どんな風に接していいかわからない。ぎこちなく微笑み返す。「ありがとう」「まずはランチしよう」グイグイ引っ張ってくれる人は好き。きっと、病気のことも理解してくれて長く付き合えるよね。連れて来てくれたのは、若い世代のカップルが集まっているスタイリッシュなカフェ。「俺、オススメはこれ」とメニュー表に指をさして教えてくれた。
「じゃあ、まず成人」赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。「……俺は、作詞作曲……やりたい」「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」社長は優しい顔をして聞いていた。「リュウジは?」社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」「いいじゃないかしら」最後に全員の視線がこちらを向いた。「大は?」みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。「俳優……かな」「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。「映画監督兼俳優の仕事。しかもで新人の俳優を起用するようで面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」社長が質問に答えると赤坂は感心したように頷く。「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。ずっと私から彼女は俺らのことを思ってくれている。芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとすればお腹が大きくなってきているので動きがゆっくりだ。ドアが開くと彼は近づいてきて私のことを抱きしめる。「先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「給食食べる?」「あまり食欲ないから作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであんまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくて思わず作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。「イチゴだ!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べて、子供の話をしていた。その後、ソファーに並んで座った。大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「元気に生まれてくるんだぞ」優しい顔でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくるとは思わなかったのだ。「名前……どうしようかなって考えてるの」「そうだな」「はなにしようかなと思ったけれど……『はな』は『はな』なんだよ。お腹の中の赤ちゃんははなの代わりじゃない」大くんは納得したように頷いていた。「それはそうだよな」「画数とかも気になるしいい名前がないか考えてみるね」「ありがとう。俺
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたことが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった 。しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。あまり落ち込まないようにしよう。大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。食事は、軽めのものを用意しておいた。入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。いつも帰りが遅いので平気。私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。
赤坂side「話って何?」俺は、結婚の許可を取るために、大澤社長と二人で完全個室制の居酒屋に来ていた。大澤社長が不思議そうな表情をして俺のことを見ている。COLORは一定のファンは獲得しているが、大樹が結婚したことで離れてしまった人々もいる。人気商売だから仕方がないことではあるが、俺は一人の人間としてあいつに幸せになってもらいたいと思った。それは俺も黒柳も同じこと。愛する人ができたら結婚したいと思うのは普通のことなのだ。しかし立て続けに言われてしまえば社長は頭を抱えてしまうかもしれない。でもいつまでも逃げてるわけにはいかないので俺は勇気を出して口を開いた。「……結婚したいと思っているんだ」「え?」「もう……今すぐにでも結婚したい」唐突に言うと大澤社長は困ったような表情をした。ビールを一口呑んで気持ちを落ち着かせているようにも見える。「大樹が結婚したばかりなのよ。全員が結婚してしまったらアイドルなんて続けていけないと思う」「わかってる」だからといっていつまでも久実を待たせておくわけにはいかないのだ。俺たちの仕事は応援してくれるファンがいて成り立つものであるけれど、何を差し置いても一人の女性を愛していきたいと思ってしまった。「解散したとするじゃない? そうしたらあなたたちはどうやって食べていくの? 好きな女性を守るためには仕事をしていかなきゃいけないのよ」「……」社長の言う通りだ。かなりの貯金はあるが、仕事は続けていかなければならない。俺に仕事がなければ久実の両親も心配するだろう。